2022年09月12日

茶の湯Z世代

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世間では、やれ「団塊世代」だの「ゆとり世代」だの「さとり世代」だの その時代を象徴するかのように世代世代を生きる人に名前を付けて分類されています。
最近では、「Z世代」などと、いったいどう言う意味なのか?私には理解できない名前が付けられております。

おそらく「Z世代」が今のところ最新の世代名ではなかろうか?と思います。

ここで、この「Z世代」を茶の湯の世界の中に強引に当てはめるとどうなるのかなと考えてみました。


サロン三五夜さんで去る7月17日〜19日の3日間月釜をさせて頂いた時にお手伝いくださった、社中や知人の方々を三五夜にお招きし、遅ればせながらの細やかな打ち上げを先日行いました。

内容は、贔屓の仕出し屋から松花堂弁当をとりカウンターの茶房で一献交えながら頂き、その後は小間に移動し、虫の音と共に風炉を囲み濃茶、薄茶と頂きました。

楽しく盛り上がった一会(いちえ)も終了し、夜もふけきらぬうちに。と、御遠方の方々が帰宅の途につかれるや、私と店主の黒田氏、それに近くに住まいする社中2人が残り、独坐観念ならぬ複坐観念を致すべく 社中の1人に今一度濃茶を点て貰いました。
復坐観念の4人は皆予防接種3回以上済ませており、体調の異変なく至って健康優良にて
コロナ禍の前の様に複数人分の濃茶を点て頂く事にしました。

すると、点前をした社中の1人が、「複数人分の濃茶って点るの難しいですね」と言いました。

私はとっさに、「お濃茶は本来複数人分点るのが本式で、いつもやっている1人分濃茶の方が難しいはずだよ」と切り返しました。

するとその社中が、「私、複数人分のお濃茶を点た事が無く、1人分濃茶が自分の中では当たり前になっています」と答えました。

コロナ禍のおかげで、2020年あたりからお濃茶はもっぱら1人分濃茶。
それ以降に濃茶点前を習いだした人はみな1人分が当たり前になっているのです。
複数人分のお濃茶を点た事もないのです。

正にこれぞ、茶の湯における「Z世代」と私は位置付けました(笑)

しかしながら、栄西禅師が日本に茶を持ち帰りおよそ800年、利休さんの生誕がおよそ400年あまり。
日本人にとりお茶は時代時代の要求に応じて暮らしの中に溶け込んできました。

「茶の湯Z世代」の方々もまた時代に応じたお茶を次の世代に伝えて、茶の湯はこれからも末長く日本の芸道の主流として続く事と思います。

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2022年09月02日

9月になりましまた。

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夏が大好きな私と致しましては、8月が終わり9月になると言う事は夏の終わりを意味し、とても淋しい思いにもなりますが、一方、茶の湯の楽しみから見れば まさに、シーズン到来!と言った感じになります。

もちろん、夏な夏にしか出来ないお茶の楽しみ方も沢山ありますが、秋になり少し涼しくなりますとお茶楽しいアイテムは格段に多くなります。

夏は日中の暑い時間を避けて比較的気温の低い早朝に「朝茶」と称して清々しい清涼の気分を味わいます。
秋になりますと、お茶の楽しむ時間帯は、早朝のみならず日中、昼間、夕ざり、或いは夜とて楽しみは広がります。

秋と一口に申しましても、初秋と晩秋では風情が異なりますが、特に初秋は、夏の「涼やか」に対して「華やか」になるような気が致します。
お菓子はには、芋や栗など山の恵みが沢山に使われますし、懐石料理にも変化が出て参ります。香り豊かな青柚に漬け込まれた「柚庵焼」や松茸も出てまいります。
夜になりますと、露地では虫がオーケストラを演奏してくれますし、お道具の柄や、花入には秋の七草はじめ、夏の間じっくり充電していた草花が一気に咲きます。

9月なって間もなく「白露」(はくろ)がやって参ります。

2022年の白露は、9月8日だそうで、白露とは二十四節気の一つです。
1年の暦を24に分けた一つの日であります。
白露の次は秋分。
即ち、白露は秋の前の最後の節気となります。

白露の意味は、霜が降り露が白く輝くように見える。と言うそうです。

私どもの教室では、9月になり白露の頃に一つの歌を持った虫の音と言う茶杓を稽古に使っております。

その歌は、
爽やかなる 玉とぬくべき 糸はぎの
露をちからに 虫の鳴くらん
となっております。
私なりにこの歌を解釈いたしますと、、
糸萩に付いている白露を命の水に、虫が精一杯鳴いている秋の夜の景色が思い浮かびます。

これから日に日に変化して行く秋の姿を楽しみながら茶の湯を楽しみたいと思っております。
露をちからに

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2022年08月27日

お茶の先生の呼び名

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今現在、お茶を習っている方はご自身の先生の事を何とお呼びしておられますか?


歌舞音曲の世界では「師匠」とか「お師匠さま」、「お師匠はん」とも呼ばれたりしているのも耳にする事がございます。

茶道では流儀により様々ですが、一般に「先生」と呼ばれるのがとても多いように思います。

流儀による。と言う事で、私ども表千家の一般的な例を申し上げますと、
お家元及び、家元後嗣に当る若宗匠、家元の父などの前家元には、いかなる場所にても「宗匠」(そうしょう)とお呼び致します。
具体的に申し上げますと、家元には猶有斎宗匠又は家元宗匠、前家元には而妙斎宗匠又は宗旦宗匠とお呼び致します。
次に、宗匠とお呼びするのは、家元の弟さんの三木町宗匠、代々の久田宗匠(現代はご不在)、堀内宗匠、以下、長年千家にて寄宿し修行を積まれた家元教授の方々(お玄関さんとも言う)
となっております。
ただし、極少数になられましたが、「皆伝」や「乱飾」と言うお免状を頂かれている男性の先生にも敬意を表して「宗匠」とお呼びする事もあります。

しかし、それ以外の方に宗匠とは、たといどこであっても宗匠とは呼びません、
皆さん「先生」です。
もし、外のおおやけの場所で宗匠でも無い方が宗匠と呼ばれていたら、その方は陰で他人様から冷笑を受けてしまいます。気をつけて下さい。
また、千家の家元内では、家元、若宗匠、前家元以外は、たとい三木町宗匠や久田宗匠であっても宗匠とは呼ばれず、「三木町さん」「久田さん」と呼ばれます。

この様に、師にたいする呼び方は千家の場合、ある意味厳しく線引されております。

その他、よそ様の流儀では、「大宗匠」もおいでになられたり、
家元を家元とは呼ばずに、宗家とのみお呼びする流派もあるようです。

同じ茶道でも流派によって呼び方に関する色んな考え方があるのを知るのも面白いです。

私自身も、生徒さんや関係の方々からは先生と呼ばれておりますが、「先生」に相応しい人格になるように精進せねばなりません。

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2022年08月21日

大森教室(我が家)の庭に植木屋さん入る

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私の自宅でもあり、堂後茶道教室の大森教室の庭の木を久しぶりに植木屋さんに剪定して頂きました。

大森教室のある辺りは、奈良市立済美小学校のちょうど北側にあります。

JR、近鉄の両奈良駅から徒歩圏内にあり、バスならば大森町バス停からは徒歩2〜3分と交通ではかなり好条件にあります。

歴史的保存地区に指定されている所謂「奈良町」からも、ほんの3〜4分西に外れたところにて、とても静かな環境であります。

しかし、私の住む大森町界隈も、どちら様のお宅も代が替わる度に敷地が小さく切り刻まれて建売り住宅になったり、アパートになったり、大きなお屋敷も取り壊して一面アスファルトで覆って駐車場になったり。。。
と様変わりを続けております。

その中で私どもの家は、庭で畑をしたり、沢山の植木をほぼ放置している為、緑ボウボウの見苦しい庭になっておりました。
春から初夏にかけては、色んな種類の鳥が飛んできては、今まで聞いた事のない鳴き声を聞かせてくれたり、外来種や意味不明の植物も運んで来てくれます。

そんな庭をお稽古の無い休日に、少しずつ剪定しようと思うのですが、この暑さとシブトイ蚊に悩まされてなかなかできません。

こまっていたところ、三五夜のプレミアム教室の生徒さんのN君が、庭師の卵(修行中)でおられたのを知り、躊躇なくN君に我が庭の剪定をお願いし、今日にいたりました。

N君は、未だ30才ほどの男性です。
しかし、その若さで植木に魅了され植木一筋に毎日を送っておられます。
奈良の某有名造園店で修行中の身でありますが、三五夜プレミアム教室で私のお茶、同じく三五夜プレミアム花道教室にて生駒先生のお花もとても熱心に習い、それらの技を植木に生かして抜群のセンスと才能をもっておられます。また、作業にかかる時間もとても早く、私の知っている限り、他の植木屋さんさんの1.5倍のスピードはあると思います。

今回、私の庭の剪定のテーマは、「透かし」であります。

「透かし」とは、剪定により枝と枝に透けた空間(間)をとる事です。

植木はこの、透かしをする事で樹木の自然な形を取り戻し、光と風の通り道を作ります。

透かしには、その庭の持つ特性により異なります。「御所透かし」「町家透かし」「寺透かし」などがあります。

今回の私の家の植木は、「露地透かし」を意識して剪定して頂くよう要望しました。

流石に茶道、花道わされているN君だけに、私の気持ちを直ぐに受け止めて見事に「露地透かし」風にして下さいましま。

と、申しましても、私の家の庭は露地と呼べるほどの正式なものでは決してありません。
しかし、植木だけでも露地風にしたいと思いました。

「露地透かし」とはどんなものか、と申しますと、亭主が、腰掛待合などにいる客を迎え出る時に、その姿が木の枝と枝の間からかすかに見え、短い距離であっても、亭主が一歩一歩と飛石を歩いて来るすがたに遥か彼方の山里の庵から歩み出てくるのを想像するような木々に仕上げます。
とても難しいですね。

以前にも当ブログにも書きましたが、私もやがては、後庭に草庵を建て、それに付随する露地を正式に作りたいと願っております。

その頃にはN君もきっと一流の大将になって私の庭を作ってくれるに違いない。
と信じております。

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2022年08月19日

茶の湯都市伝説

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実は当ブログには、知る人ど知る 色んなシリーズがあります。

「ちょっと美味しいもん」シリーズは、投稿数も結構ありまして、ご存知の方も多いと存じます。

その他に、「茶の湯それダメ」シリーズなどあるのですが、それらのシリーズはたいてい1回か2回で止まっている始末です(≧∇≦)

この度、久々に「茶の湯都市伝説」と言う新しいシリーズを思い付いたのですが、さてさてこのシリーズも続くかどうかわかりません(*´꒳`*)

しかし、夏の終わりのつれづれに、私の聞いた 茶の湯の都市伝説を一つお話しさせていただきます。

まず、お茶のお稽古をはじめると客の作法を学びます。
そして、大抵は薄茶の頂き方のお稽古を致します。
この薄茶の頂き方ですが、はじめにヘリ外正面にお茶碗が置かれます。
客は、そのお茶碗を右手で取り上げて左掌に乗せ(あしらって)、正客(又は上座に座っている客)との間、ヘリ内に置き、お礼をします。
お礼の時、ある言葉も同時に発します。
その言葉が、今回のテーマにもなっている ある都市伝説を産みました。

「ある言葉」は、ひと昔前までは「もう一服如何ですか?」と言っていました。

これは、既に一服頂いていよう先客に対しての気遣いの言葉であり、本心で進めている訳ではありません。
言わば、究極の社交辞令のようなものです。

しかるに、昨今は若い方を中心に「社交辞令」の習慣がうすれたのか、或いは、素直に受け取る方が多いのか、
「もう一服如何ですか?」と言われた先客が「有難うございます」と本当にその方のお茶を頂かれたそうです。

以降、その都市伝説が一人歩きし、現在では「もう一服如何ですか?」とは言わず「お相伴させて頂きます」と言うようにお稽古をしております。

堂後茶道教室でも、その様に指導はしておりますが、度々当ブログでも申し上げている通り お茶は総合芸術であり、茶席での言葉一つ一つにも大切な教えや、人間性を高める為に必要な答えが沢山あります。
言わば、「もう一服如何ですか?」の言葉の中にも本当に大切な教えが詰まっておりました。

しかし、人の考え方、社会の変化やライフスタイルの変貌とともに、茶の湯における「学び」もそれに対応せざる負えないのでしょうね。

もし、その都市伝説の主人公が私として、「もう一服如何ですか?」と進めた先客が本当に私のお茶を飲んでしまったらどうするかな?と考えます。
ご亭主に「先客に勧めたら本当に飲んだから、私にもう一服ください!」と言うのか、又は泣き寝入りするか。

皆さんならどうしますか?

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大森教室

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