夏の暑さを言い訳にサボっていた庭仕事も少しずつ再会しております。
さて、先日の9月17日は、中秋の名月でした。
この中秋の名月を「十五夜」と呼びますが、
名月は3回あるのをご存知ですか?
1度目は、9月中旬にある「十五夜」別名栗名月
2度目は、10月中旬にある「十三夜」別名芋名月
3度目は、11月中旬にある「十日夜」別名豆名月
であります。
2度目の十三夜まではご存知の方もいらっしゃいましょうが、実は3度目まであるのです。
考えますと、1年で満月の夜が12回あるのですからその内から3回くらい「名月」としても全く不思議な話しではありません。
今回の名月を見逃しても、後二回、チャンスがありますよ^_^!
私は、今年の十五夜は久しぶりに月見に出かけました。まず、東大寺二月堂前で行われます十七夜踊りです。この踊りは所謂盆踊りでして、奈良では最高の盆踊りとなると同時に私奈良町の者にとっては、浴衣姿で外出する最後の日となります。
すなわち、6月下旬の三枝祭り(奈良率川神社の通称ゆり祭)に浴衣を出して、9月17日の東大寺二月堂の十七夜踊りで浴衣はお仕舞いとなるのです。
十七夜踊りもそこそこに、その日の夜はもう一つのメインイベント、猿沢池の采女祭りにも行きました。
丁度、高円山に登る月な猿沢の池の面に美しく映っておりました。
そこて、一つ、先人の残した素晴らしい言葉を思い出しました。
それは、侘茶の祖 村田珠光の
「月も雲間の無きはは嫌にて候」です。
村田珠光とは、千利休の師匠である武野紹鷗のそのまた師匠である。とされ、
言わば、侘茶の祖であります。
呼び方は、色々と言われいますが、(むらたしゅこう)がどうも正しいようで(じゅこう)とは濁らないようです。
侘茶の祖が私の暮らす奈良の出身と言う事で、お茶で身を立てている私としても大変誇らしく思います。
さて、この「月も雲間の無きは嫌にて候」とは誠に素晴らしい言葉であります。
こうこうと輝く月よりも、叢雲にかかり合間から輝きを放つ月の方が美しい。と私は解釈致しております。
さて
不完全の美とは、それぞ「侘び寂び」の「侘び」の美的感覚の一つであろうと思います。
翌日、私も教室の軸を掛け変えました。
まず、待合には、「月」を
そして、本席には、 「雲無心」と書かれた軸です。
「雲無心」を書かれたのは興福寺多川乗俊貫主様であります。
この秋は、村田珠光の教えをひもときながら、「侘び寂び」とは何ぞや?と生徒の皆さんと一生に考えて参りたいと思います。
堂後茶道教室http://www.dogo-sado.jpn.org
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